
抗微生物薬適正使用、歯科処方の確認点
厚生労働省は2026年1月16日、「抗微生物薬適正使用の手引き 第四版」を取りまとめ、今回から新たに歯科編と歯科編要約版を作成しました。日本歯科医師会も歯科医師向けページで歯科編、要約版、ダイジェスト版を案内しています。
これは新しい点数や届出を定める通知ではありません。手引き自体にも、AMR対策を推進するための資料であり、医療保険各法に基づく診療事項を規定するものではないと示されています。一方で、抗菌薬を処方する歯科医師にとっては、処方の慣習を見直すための重要な共通資料です。
この記事では、抗微生物薬適正使用の手引き 歯科編を基に、歯科医院が予防投与、治療的投与、患者説明、カルテ記録をどう棚卸しすればよいかを整理します。
3行要約
- 2026年1月16日公表の第四版で、抗微生物薬適正使用の手引きに歯科編と歯科編要約版が新たに加わりました。
- 歯科編は、抗菌薬を処方する歯科医師が知っておくべき内容で、歯科衛生士も知っておくことが望ましい内容です。
- 歯科医院では、抜歯後の慣習的処方、単純抜歯・インプラント時の予防投与、歯性感染症の治療的投与を分けて確認しましょう。
抗微生物薬適正使用の手引き 歯科編の位置づけ
まず確認したいのは、この手引きが「診療報酬の算定ルール」ではなく、AMR対策のための臨床上の整理だという点です。院内では、算定可否、添付文書、審査情報、手引きの役割を混同しない形で共有する必要があります。
2026年1月16日に歯科編が新設
厚生労働省の周知通知では、第四版の主な改訂内容として、医科編を3部構成にしたことに加え、新たに歯科編と歯科編要約版を書き下ろしたと説明しています。
歯科編の対象表では、病院勤務歯科医師と診療所勤務歯科医師に対して、歯科編が「知っておくべき内容」として整理されています。また、病院または診療所勤務の歯科衛生士についても、知っておくことが望ましい内容とされています。
医療保険上の取扱いを決める資料ではない
手引き本文と要約版はいずれも、手引きはAMR対策を推進するために策定されたもので、医療保険各法に基づく診療事項を規定するものではないと注意しています。
したがって、歯科医院で使うときは「この手引きにあるから算定できる」「この手引きにないから保険上認められない」と短絡しないことが重要です。実務では、電子添文、支払基金の審査情報提供事例、患者の全身状態、薬剤供給状況も合わせて確認します。
歯科医院で見直したい抗菌薬処方のポイント
歯科編が強調しているのは、抗菌薬を出すか出さないかだけではありません。必要な場面で、適切な薬剤、量、期間、タイミングを選ぶことが要点です。
歯科では予防目的の処方が多い
手引き本文では、歯科における経口抗菌薬使用量は医科の10%程度とされる一方、抜歯後などの手術部位感染や術後合併症の予防を目的とする処方が81.2%を占めると説明されています。
これは、歯科医院の処方見直しでは「歯性感染症の治療」だけでなく、「抜歯後にいつも数日分出している」「インプラント時に全例で出している」といった予防投与の運用を確認する必要がある、ということです。
Access薬とWatch薬を意識する
WHOのAWaRe分類では、抗菌薬をAccess、Watch、Reserveに分けています。手引き本文では、歯科で処方される経口抗菌薬の第一選択薬であるアモキシシリンなどのペニシリン系抗菌薬はAccessに分類されると説明されています。
一方で、日本の歯科診療所では、第3世代セファロスポリン系抗菌薬の処方割合が2015年度から2020年度までの調査で60.5%から53.1%へのわずかな減少にとどまり、依然として処方割合の半数以上がWatch薬であると示されています。院内では、採用品目と処方セットがWatch薬に偏っていないかを確認します。
予防投与と治療的投与を分けて確認する
抗菌薬の適正使用では、予防投与と治療的投与を同じ流れで扱わないことが大切です。歯科医院では、処置前、処置後、感染症治療の3つに分けると整理しやすくなります。
全身的・局所的リスクのない単純抜歯やインプラント
歯科編要約版では、全身的リスクと局所的リスクを伴わない場合の、局所感染等がない単純な抜歯や歯科用インプラント埋入について、抗菌薬の予防的投与は推奨されていないと示されています。
ここでいう全身的リスクには、糖尿病、透析患者、ステロイド・免疫抑制薬・骨吸収抑制薬服用、放射線照射歴等が例示されています。局所的リスクには、局所感染や骨削除等を伴う処置が例示されています。
下顎埋伏智歯抜歯などは処置内容で分ける
要約版では、下顎埋伏智歯抜歯に関して、原則として処置1時間前の単回投与という考え方が示されています。また、手術侵襲が大きい場合などに限り、術後48時間までの追加投与を考慮する整理になっています。
記事上では個別の投与量を指示しません。実際の処方では、本文・要約版、電子添文、患者の腎機能、アレルギー歴、相互作用、地域の供給状況を確認し、必要に応じて医科主治医や薬剤師と連携します。
歯性感染症では原因処置と効果判定を先に見る
要約版では、歯周組織炎、歯冠周囲炎、顎炎などの治療について、治療効果判定は抗菌薬投与後3から7日以内、治療的投与終了の目安は炎症症状が消失して24時間後と示されています。
抗菌薬だけで様子を見るのではなく、切開排膿、原因歯への処置、全身症状、再診時の炎症所見を合わせて判断することが重要です。カルテには、処方理由、感染所見、処置内容、再評価予定を残しておくと院内共有がしやすくなります。
歯科医院の抗菌薬処方チェックリスト
- 抜歯、インプラント、歯性感染症、感染性心内膜炎予防を分けて、院内の処方セットを見直す。
- 単純抜歯や局所感染等がないインプラントで、全例に予防投与していないか確認する。
- 処方前に、全身的リスク、局所的リスク、腎機能低下、妊娠・授乳、ペニシリンアレルギー歴を確認する。
- 採用品目をAccess薬とWatch薬の観点で見直し、第3世代セファロスポリン系に偏っていないか確認する。
- 歯性感染症では、抗菌薬の有無だけでなく、原因処置、再評価日、症状消失後の終了目安をカルテに残す。
- 抗菌薬を出さない判断をした場合も、患者に理由、再診目安、悪化時の連絡基準を説明する。
このチェックリストは、院長だけでなく勤務医、歯科衛生士、受付にも共有しておくと実務に乗りやすくなります。特に患者から「抗生物質は出ないのか」と聞かれたとき、スタッフ間で説明がずれないようにしておきましょう。
処方見直しの判断表
歯科医院で使うなら、手引きの文章をそのまま読むだけでなく、処置別の確認表に落とすと確認漏れを減らせます。
処置別に見る確認順
場面 | 最初に見ること | 院内で残す記録 |
|---|---|---|
単純抜歯 | 局所感染、骨削除、全身的リスクの有無 | 予防投与の要否判断、患者説明、再診目安 |
下顎埋伏智歯抜歯 | 手術侵襲、局所感染、全身状態 | 投与タイミング、追加投与を考慮した理由 |
歯科用インプラント埋入 | 局所感染、骨造成、全身的リスク | リスク評価、予防投与の有無、患者説明 |
歯性感染症 | 原因処置の可否、全身症状、重症度 | 感染所見、処置内容、3から7日以内の評価予定 |
感染性心内膜炎予防 | 高リスク心疾患、対象となる歯科処置 | 医科情報、照会結果、投与判断 |
この表の目的は、個別の処方を機械的に決めることではありません。患者ごとのリスクを先に確認し、必要な場合だけ抗菌薬を選ぶための順番をそろえることです。
患者説明で注意したいこと
抗菌薬を減らす取り組みは、患者に「薬を出してもらえなかった」と受け取られることがあります。説明では、耐性菌という社会的な話だけでなく、患者本人にとってのメリットと安全確認を短く伝えます。
抗菌薬を出さない理由を短く伝える
全身的・局所的リスクが低く、局所感染等がない処置では、抗菌薬を出さない判断が適切になる場合があります。その場合は「今回は感染の兆候や全身的なリスクを確認したうえで、抗菌薬を使わずに経過を見ます」と説明すると、患者が判断の根拠を理解しやすくなります。
あわせて、腫れ、発熱、痛みの増悪、開口障害など、連絡してほしい症状を具体的に伝えます。抗菌薬を出さないことと、経過観察をしないことは別です。
アレルギーと腎機能は問診票だけで終わらせない
手引きは、腎機能低下患者やペニシリンアレルギーが疑われる患者も想定しています。問診票に「薬のアレルギーあり」とだけ書かれている場合、発疹、消化器症状、アナフィラキシー、発症時期、原因薬剤名を確認します。
高齢患者、透析患者、複数医療機関を受診している患者では、お薬手帳や医科主治医情報も確認します。歯科衛生士や受付が拾った情報を、処方前に歯科医師へ戻す流れを決めておくことが実務上の鍵です。
今後確認したい一次情報
抗微生物薬適正使用は、一度手引きを読んで終わるテーマではありません。薬剤供給、添付文書、審査情報、AMR動向が変わるため、院内で見る資料を決めておく必要があります。
手引き、要約版、日歯資料を院内研修に使う
最初の院内共有では、厚労省の歯科編要約版を使うと全体像をつかみやすくなります。そのうえで、歯科編本文の該当箇所を、抜歯、インプラント、歯性感染症、感染性心内膜炎予防に分けて確認します。
日本歯科医師会のAMR対策ページでは、歯科編、要約版、ダイジェスト版に加えて、AMR対策歯科臨床セミナーも案内されています。院内研修や勤務医教育では、こうした公式資料を定期的に見直すとよいでしょう。
FAQ
抗微生物薬適正使用の手引き 歯科編は義務ですか
手引きはAMR対策を推進するための資料であり、医療保険各法に基づく診療事項を規定するものではありません。ただし、抗菌薬を処方する歯科医師が知っておくべき内容として整理されており、院内共有の基準資料になります。
抜歯後は抗菌薬を出さない方がよいという意味ですか
全ての抜歯で一律に出さないという意味ではありません。処置内容、局所感染、全身的リスク、骨削除などを確認して、予防投与が必要かを分けて判断することが重要です。
歯科衛生士も読む必要がありますか
歯科衛生士は処方者ではありませんが、手引きでは歯科編について知っておくことが望ましい内容とされています。服薬確認、アレルギー確認、患者説明、再診時の症状確認に関わるため、要約版だけでも共有しておく価値があります。
院内で最初に何を見直せばよいですか
まず、抜歯後、インプラント、歯性感染症の処方セットを一覧化します。そのうえで、全身的リスク、局所的リスク、腎機能、アレルギー、再評価日がカルテに残る運用になっているかを確認しましょう。
出典
- 厚生労働省「薬剤耐性(AMR)対策」
- 厚生労働省「抗微生物薬適正使用の手引き 第四版 歯科編」2026年1月16日
- 厚生労働省「抗微生物薬適正使用の手引き 第四版 歯科編 要約版」2026年1月
- 厚生労働省「『抗微生物薬適正使用の手引き 第四版』の周知について」2026年1月16日
- 日本歯科医師会「薬剤耐性(AMR)対策」
- AMR臨床リファレンスセンター「医療従事者向けガイドライン・資料」
- 厚生労働省「Nippon AMR One Health Report 2025」2026年7月10日
Selectdays カスタマーサクセス担当
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